秋田県の朝は寒い。 テント内に入ってくる冷気が体を冷やし深夜に寝袋をかぶらないと眠れないぐらいだった。
6時にテントから這い出し顔を洗っていると、田園を吹き抜ける風が冷たく身震いをしてしまった。
寒い地方に来たんだと肌で感じた瞬間だった。
のろのろと身支度をしながらサトシくんと1時間ぐらい立ち話をしていた。
青森ねぶたで再会する機会があるかもしれない。
いつかの再会を約束し、俺は先にキャンプ場を後にした。
特に進む方向も決めずに広大な田園の中を流しながら走った。
大地にポツンと自分だけがいると存在自体がかすんで、いてもいなくても世界は時を刻んでいくんだろうと感傷にひたった。
だからこそ何か自分の証をこの世界に残したいと思うのかもしれない。
白神山地を脇に望みながら海岸沿いを離れ秋田の内陸部へと自転車を進める。
立ち寄った道の駅で、ライダーの方にドリンクをごちそうになりねぶたの話を少しした。
ライダーさんは今朝までねぶたのキャンプサイトにいて、
「既に場所取り合戦を始めているほど旅人が集結しているよ」と色々な情報を教えてくれた。
ライダーさんは、ねぶたを楽しんだ後に北海道を旅する予定だったらしいんだけど、新潟県の住んでいる地域が豪雨の影響で水害がひどく、急きょ帰宅をしている途中だった。
後にニュースで被害の映像を見たけど被害が甚大なもので、2日遅く新潟県に入っていれば、大惨事に巻き込まれていたかもしれない。
今日も早めに無料のキャンプ場に到着してテントを張った後は隣接する温泉施設でのんびり過ごした。
温泉はいつ振りだろうと考えてしまうぐらい久しぶりな気がした。
休憩所で寝転んでバニラアイスを食べる。
扇風機の適度な風が気持ちよく次第にウトウトと夢の世界へ落ちてしまった。
気づいた時には18時に差し掛かろうとしていて、外に出ると太陽の日差しは弱まりギラギラとした暑さは姿を消していた。
キャンプサイトは区画が植物で仕切られているため、個室のようになっている。
日が沈みかける時間に自転車に乗って自分の区画を横切る若者がいた。
若者が俺が自転車旅をしていると気づいて「ご一緒していいですか」と声をかけてくれた。
「もちろんだよ」と返事をしてテントを並べながら芝生に座り会話をした。
若者の乗っている自転車はランドナーと言って、旅用のクラシックな自転車のタイプだ。
若者、五十嵐くんは大学生のサイクリング部に所属していて自転車に詳しかった。
乗っているランドナーも自分でオーダーして作っていた。
見ていて惚れ惚れするほどかっこいい自転車だ。
使用している部品やキャンプ道具にもこだわりがあり、自分のスタイルを持っている。
きっと沢山の旅を経験していて慣れていることもあるのだろう。
五十嵐くんの言動や感性は20歳にしては少し大人びていたけど、人を惹きつける何かがあって俺はすぐに好感を持つことが出来た。
自転車好きがこうじてランドナー系雑誌の連載記事を書く仕事を貰えたそうだ。
五十嵐くんも8月3日に青森ねぶたに参加する予定だ。
キャンプ場の向かいにいるライダーさんも明日ねぶたに行く。
ねぶたにたくさんの旅人が向かうさまは、60年代アメリカで伝説となった音楽フェス、ウッドストックフェスティバル を彷彿とさせた。
ヒッチハイクやバイク、ド派手なバスに乗ってドラッグをきめこみ、サイケデリックに心酔しながらウッドストックを目指したヒッピー達に、俺は自分達を重ねて気分が高揚していた。
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