今日は気持ちの良い青空になった。


天気予報では、10日間は曇りか雨と伝えていたので偶然の産物なのかもしれない。

ごきげんな天気のおかげでもう一泊することを決めた。

晴れと曇りでは街の楽しみ方がガラッと変わってくる。

じっとしていられなくなり、ゲストハウスを飛び出して自転車に乗った。

また市内をくまなく走り回ることにした。

観光名所の看板が出ていれば、それにならい右に曲がる。

スーパーがあれば、ひんやりした飲み物をガブガブする。

それだけでも充実した一日を過ごせた。

だけど長崎は本当に坂の町だね。 自転車に乗ってる人を全然見かけなかった。 みんな原付に乗っている。

自転車乗っているだけで話かけられたりもする。

唐人屋敷跡付近は、長崎らしさを残す坂道、坂段、石畳、細い古道あり、込み合った軒下の迷路の中に、中国文化が市民の生活圏に溶け込んでいる魅力的な街だ。

鎖国政策後も、キリスト教徒ではない中国人は、居住地区制限はあったにせよ長崎市内に雑居することを許されていたようだ。

出島のオランダ人が厳重に監視されていたのとは大違いだ。

多いときには2,000~3,000の中国人が住んでいたらしい。

徳川幕府の貿易の主体は中国だったんだね。

その後はぶらりぶらりとまたグラバー園の前まで足を運んだ。

天気の良さが後押しし、拝観料を払って園内を散策することにした。

園内は花の芳香が漂っており、優雅な気分になってくる。

グラバー園一帯は出島などとともに外国人の居留地だった所で、園内には居留地時代から現存する旧宅のほか、市内に点在していた洋館を移築し、江戸時代の面影を今に伝えている。

グラバー園は高台の斜面にあり、長崎湾や市街地を一望することができる。

グラバー邸は1863年に建てられた日本で最も古い木造洋風建築物らしく、自分好みの配色だった。

壁はスカイブルー、ドアはパープル、庭の植物のグリーン、テラスに植生されたバラのピンク。

こんなうちに住んでみたい。

グラバーはスコットランドの出身で、21歳の時に長崎に来て会社を設立。

若干21歳で、未開の地であった日本に単身乗り込んで来るとは、相当に度胸があったのだろう。

もしくはお金の匂いを嗅ぎつけたのか。

じっくりと園内を散策し、悦にひたっていた俺は、当時のマダム達がしていただろう、テラスのテーブルにちょこんと座り、手紙をしたためるのであった。

グラバー園を後にして、反対方面にある平和公園に向かった。

平和公園では原爆資料館などには足を運ばなかった。

広島で見学したことも理由にあると思う。

高台にある公園は広々としていて、澄んだ空に祈念像が映えていた。

像の高さ約9.7m、重さ約30トンの青銅製で、右手は原爆を示し、左手は平和を、顔は戦争犠牲者の冥福を祈るもの。

近づいてまじまじと顔を覗くと、案外ざっくりと彫られていて漫画みたいだった。

大浦天主堂まで移動して暑さをしのぐ。

教会はなんでこんなに風通しがよいのだろうか、あまりの気持ちよさにウトウトと小一時間眠ってしまった。

天主堂の出口にパイプ椅子を持ってきてよだれを垂らして寝ていた。

夕方近くになれば繁華街の方向にUターンしまたぶらぶらする。


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