今日は昨日の熱を冷ますため各自、自由起床。


先に起きて節を伸ばす。 体が軽い。

みんなも起き始めそろって朝食をとる。

昼前に2人とお別れの挨拶を交わした。

出発間際に、山さんが選んだ曲をCD-ROMに焼いて渡してくれた。

早速、熊本市に向けて国道に乗り込むと、イヤホンを耳にはめ込んだ。

爽やかな甘酸っぱい8ビートの曲が流れ始める。

昨日、車中で流れていた曲だ。

そう思った瞬間にふわっと脳裏を昨日の出来事が駆け巡る。

一枚一枚、写真のスライドショーのようにフラッシュバックする。

胸は高鳴り、締め付けるような切なさを感じる。

車がひっきりなしに自転車を通り越していくけど、そんなものは全く目に映っていなかった。

笑い合っていた一時が、目の奥からにじみ出てきていた。

魔法がかけられた思い出。

いつでもこの曲を聞けば昨日にタイムスリップができる。

「天地は万物の逆旅にして光陰は百代の過客なり」 諸行無常の世界で、過ぎ去る日々に不安を感じる俺ら人間は、悲しくも淋しい生き物だ。

だけど大切な思い出が人を感傷や悲哀の壁から越えさせてくれる。

音楽はその大切な思い出に魔法をかけてくれる。 いつまでも色褪せないように。

山さん、粋な手土産を持たせてくれたね。 二人共、ありがとう。

熊本市街地を通り過ぎ、熊本港まで30km漕ぎ続ける。

フェリー港に着くとおばさんが話しかけてきた。

自転車兼バイク屋を自宅でやっているそうで、これまでに何人かの旅人を家に泊めさせてあげたそうだ。

「昼ごはん食べたの?」とおばさんが聞いてきた。

パンを食べてはいたけど、 「いえ、まだなんです。」という言葉が口から出てしまった。

そう聞くとおばさんは売店まで袖を引っ張って、おこわやつきあげやまんじゅうをごちそうしてくれた。

何度も何度もおばさんにお礼を言って別れを告げた。

ありがたくも夕食代が浮いたので、初めて高速船に乗ることにした。

値段はさほど変わらないけど、熊本~島原間の所要時間が半分になる。

フェリーの乗船時間が30分だったので、ボーっと座席に座り、時折海を眺めていた。

後ろの席に座った女の子が珍しく話かけてきた。

「由布」という癒されそうな名字の方で、島原に住んでいるそうだ。

彼女はいろんな所を旅したい夢があり、話を夢中になって聞いてくれた。

普段の生活のこと、2人の今後について話していると、あっという間に港に着いた。

島原に上陸すると、強風でなかなか自転車が前に進まなかった。

途中、火砕流により大地に埋まってしまった家屋を訪れた。

何事においても自然にはあらがえない。

旅をしていて嫌というほど自然の猛威を体感していたため、家屋を見てそう感じたのだ。

17時近くに、原城跡地に到着した。

道路から脇道に逸れて、畑や雑木林を抜けた先に石垣だけを残した原城跡地はあった。

天草・島原の乱、最後の戦いの土地。

三方向を海に囲まれた岬の上にあり城の名残はわずかに残る石垣だけ。

石垣の目地は雑草が生えて遺跡に近かった。

37,000人のキリシタン・農民が原城に88日間立てこもり、その全員が亡くなっている。

城跡には大きな白い十字架が建てられており、殉教したキリシタン達の追悼をしている。

天草四朗の墓石や像が200年以上もひっそりとたたずんでいる。

天草・島原の乱に関する資料や文献に目を通していたこともあって、 観光地として訪れる城とは少し趣が違っていた。

本丸跡からは有明海を一望でき、対岸には天草諸島が目と鼻の先に見える。

夕方は特に綺麗な場所かもしれない。

夕食を口にしているとき、本丸跡に2人のおばあさんが現れた。

片手にロザリオを持ちながら祈りの言葉をささやき、本丸跡地の広場をグルグルと回っていた。

2,3周繰り返し、ひっそりと姿を消していった。

土着の信仰は今も生き続けている。

肉体は滅びようとも理念は決して死なない。

消え去っていった37,000人の人々と今日はここに眠ろう。

夜がふけるまで風は止むことがなかった。


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※思い出の曲:Girls/HeartBreaker