携帯電話は昨晩、奇跡の復活を遂げた。


電池パックをはめ直したり、こちょこちょいじっていたら電源が入るようになったのだ。

不安定ではあるけど慎重に使って行きたい。

天草には2泊をする予定で、今日は何もすることがないため街をぶらつくことにした。

街指定の回遊コースをサイクリングし、商店街をぶらつく。 宿に面した通りを商店街方向に進むと、ひなびた映画館があった。 昭和20年代から開業しているようだ。

港に送られてきたフィルムを映写機にセットし、カタカタとなる音の中、幕が開けられる光景が頭に浮かんだ。

天草の歴史を勉強しに天草キリシタン館に向かった。

天草・島原の乱に関する歴史を中心にキリシタンの資料を展示している。 宗教問題に対して自分の意見を述べることはいささかためらいがあるんだけど、他に書くこともないため さわりだけ書く。

天草・島原の乱は百姓の酷使や過重な年貢負担が引き金になった農民一揆と、キリシタン弾圧の歪みが合わさって反乱が起きている。

宗教戦争というよりは政治色の方が強く、現在でも戦死したキリシタンは殉教扱いになっていないようだ。

キリシタン弾圧でみんなが知っている「絵踏み」という行為があるけど、あれは隠れキリシタンの摘発のために行っていたものであり、反乱が起きる前の迫害は想像を絶するほどの残忍な拷問・処刑を行っている。

それはキリシタンだけでなく農民も同じで、年貢が納められない場合はわらを体に巻きつけられ火炙りにさせられることがあった。

なぜこんなことが起きるのかは考える必要もないね。

権力を持った人間の私利私欲のためだけになされているだけだ。

日本全土の統治をするため新興宗教であったキリスト教を邪宗にするのは、大義名分でもなんでもなく、徳川の癇に障った人間がたまたまキリシタンだっただけの話。

所詮、権利を持った人間の私利私欲のため、周りが否応なしに動かされるのが、歴史から学んでいることだ。

天草・島原の乱で参加した反乱軍は37,000人。 その全てが戦争で死亡している。

勝算があると判断していたのかわからないけど、無駄死にとしか思えない。

戦争の末期では足手まといになるからと、反乱軍自らが女・子供を殺害し、死体を山積みにして放置している。

そこまでする必要はあるのか。 他に生きる道はなかったのだろうか。

真剣に歴史を振り返ってしまった。 何のために戦い。

それは愛でも希望でも信仰でも憎しみでもない気がした。

自由への扉が開きたかったんだと思う。

暗い歴史に思いをはせ、資料館を出た後は当時の面影を市街地で探した。

雨が降り始めたこともあり、昼飯を食べ、宿に帰ったらすぐにごろんと横になる。 腹をさすりながら気持ちよく昼寝をする。

ゴロゴロと猫のような生活を夜まで続け、夜の9時半ごろ、夕食をとりに外へと繰り出した。

昨日知り合った方と夕食を共にするためだ。

マックの前で困っていた時に、声をかけてくれた親切な店員さん、山下くん。

商店街にある居酒屋に入り、旅の話や若者が普段するたわいもない話をした。

マックの店員を長年していることもあり、山下くんはきれいな笑顔を見せてくれた。 それだけで空気が和んだ。

一期一会。

また天草に遊びに来るから夢を叶えて欲しいな。

深夜まで飲んでしまい、眠気まなこで床についたのであった。


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