屋久島の日記を最初から振り返る


久しぶりに自転車を引っ張り出し、荷作りの準備を始めた。


よし出発だ。 自転車にまたがり雨の中を漕ぎだした。

走っていると左手に連なる山々が目に入り、屋久島を離れてしまう悲しさが、ふつふつと心に湧いた。

港に着いた時には既にフェリーは到着をしていた。 乗船の準備のため、乗組員がコンテナの搬送を行っている。

観光案内所を覗くと、自分と入れ替わりで屋久島にやってきたチャリダーがいた。

今後の屋久島での過ごし方についてちょっとアドバイスをした。

彼は北海道から自転車日本一周の旅に出ていて、もう400日以上旅をしているんだそうだ。 長くなってしまった原因は、友達の家に居座ったり、沖縄に長期滞在したりと、きままに旅を楽しんでいることだ。

長期の旅をしているからか、溌剌とした雰囲気を彼からは感じなかった。

きっと旅に慣れすぎて日常になってしまっているのかもしれない。

8月に北海道に戻りたいと彼は言っていたので、頑張って戻って欲しい。

フェリーに乗船し行きと同じ客室に荷物を置いた。 ほんの数日前なのに懐かしさがあった。

たまりにたまった日記を書かなければならない。 文章を書き始めると、客室に入り話しかけてきたおじさんがいた。 ペットボトルのお茶を頂き、日記を書くのを中断して話をすることになった。

鹿児島市に住んでいる方で、出張で屋久島と種子島に来ているそうだ。

「腹減ってるだろう」とカップヌードルとさつま揚げまでごちそうになってしまい、フェリーの中で二人して麺をすすっていた。

「色んな人とコミュニケーションをとって良くしてもらうんだよ」

と別れ際に応援してくださり、種子島でフェリーを降りて行った。 別れる直前まで優しい人だった。

鹿児島まで3時間、1時間の仮眠をとりながら、集中して日記を書いた。 書いていると、ついつい写真を見ながら情景を思い出しまう。 文章を書く手が止まり、結局1日分しか書けなかったのだ。

15:00に鹿児島に到着し、再び九州の大地に降り立った。

あんなにも激しく降っていた雨も、昼を過ぎると小雨になっていて海の遠くに桜島を見ながら自転車を漕いだ。

また俺の自転車の旅が始まったのだ。 これが俺の日常なんだ。

既に夕方に近いこともあって、指宿に入る手前に公園で野宿することにした。

多目的広場内のベンチに座っていると、老人から話しかけられた。 全く何をしゃっべているのかわからない。

鹿児島の老人の方は他の人も言っていることがあまり理解できなかったけど、この人はダントツで意味不明な言葉をしゃべっている。

滑舌が悪いせいもあるのかもしれないけどほとんど聞きとれない言葉を発していて、愛想笑いやうなずき、 「えーそうでしょうねー」といった回避策をもうけてその場をやり過ごすしかなかった。

だけど何分経ってもじっと座って動こうとしない。 頼む終わってくれ。

結局30分後に近くにあるスーパーに行くと多分言って、この場を離れていった。

それから30分も経たないうちに老人は姿をまた現し、また意味不明な言葉をしゃべりだした。

自分も本当はコミュニケーションをとりたいのだけど、とれないのが悔しい。

もう万策が尽きて、無視という冷酷な手段に出るしかなかった。

老人が「&%”’(!$$&”%’@*」と言う。
俺が「…」と返す。
老人が「&%’&$””@***<>」と言う。
俺が「…」と返す。

老人は諦めたのか、この場を離れていった。

申し訳ないことをしたなと罪悪感にかられたんだけど、すぐに忘れスーパーへと買い物へ出かけた。

辺りが暗くなり始めテントをはり始めた時だった。 老人、3度目の来訪。

幾分、3度目は言っていることが理解でき、「すぐそこに300円で入れる温泉がある」や「貴重品は肌身離さずもて」や「気をつけろよ」などを言っていたと思う。

3度も俺に会いに来てくれるんだから、気をかけてくれる優しい老人だったんだな。

本当はコミュニケーションがとりたかった。



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