外が暗いうちから起き、身支度を始めた。


手を動かしながらも頭では常に天候の事しか考えていなかった。 雨よ降るな、降らんでおくれ。

近くにあるバス停へと移動した。 空はまだ山に傘がかかる程度の雲の厚さだった。

バス停に着くと、同じように縄文杉に登るのだろう女の人がバスを待っていて、今日の天気とこれからの冒険への期待感を少し立ち話をした。

5:08のバスに乗り、途中登山バスに乗り換えて荒川登山口へと着いた。

荒川登山口から縄文杉までの往復ルートはおよそ10時間と聞いていた。 いよいよ本格的な登山だな。 期待感で胸が膨らみすぎて、雨でビチャビチャな道も軽快に足が前に出ていた。

登山口からはトロッコのレールがひかれた道を進んでいく。 冒険心をくすぐるような道だ。

トロッコ道は縄文杉の数キロ手前までひかれていて、ほとんど傾斜がなく足場も安定しているため、遊歩道の感覚で歩くことができる。

2時間ぐらいトロッコ道を歩いただろうか、やっと本格的な山道へと入り登山が始まった。

今のシーズンだと1日300人ぐらいは登っている。 ガイドさんと一緒に登っている女子グループや二人組を多く見ることができた。

昨日のヤクスギランドと同じように鬱蒼とした森の中を登っていく。 休憩を挟むことなく、縄文杉を目指してひたすらに足を前に出していた。

山道に入ってからはぱらついていた雨も止み、天気も順調に回復の兆しを見せ始めた。

どこを見回しても屋久杉の圧倒的なパワーを感じる。 だけどそれは威圧的な感じではなく、見守られているような包容力のある力だ。

歩き始めて3時間半が経とうとした時だった。 目の前の急な階段を上ると突如として縄文杉が現れた。

やっと辿り着いたか。

縄文杉の雄大さよりも、到着した達成感に感動してしまって、よくやったと縄文杉の下でうなづいた。

そして持ってきたパンを目の前で食べる。 ブルーベリーコッペパンをむしり取るようにかぶりつく。 乾いていた心が段々と満たされてきていることがわかった。

屋久島のメインディッシュの濃厚な味わいを舌の上に乗せて楽しんだ。

存分に余韻にひたり元来た道を引き返し始めた。

まだこれから縄文杉を目指す人もいるため、道の途中で何十人という人とすれ違う。 すれ違う際は道も狭いためどちらかが待機して譲らなければならない。

そんな時に同じように待機をしていた若者に話しかけた。

彼(笹谷くん) は埼玉県出身の同郷で、話も弾み一緒に下山をすることになった。 屋久島に来て出会った人の7割は関東から来ている人で、都会の喧騒に疲れ、癒しを求めに訪れているのかもしれないね。

ウィルソン株の前で休憩をし、ベンチに座りアンパンをぱくつく。 同じペースで登山と下山をしている人(おおたさん)も、株の前で休憩をしていたのでアンパンを勧め一息をついた。

一息つくならウィルソン株の前がいい。

下山は足への負荷が大きい。 足と岩との接触時の衝撃が強くて、膝と足の裏が痛くなってきた。

トロッコ道を登山口を目指しまた歩き始めた。 一度とおってしまった道は少し単調だ。 達成感のピークが過ぎたからかもしれない。

飽きのせいで行きの時より道のりが長く感じたけど、行きに2時間かかっていた道を1時間で下り、スタート地点の登山口へ戻ってきた。

長時間歩いたから疲れから、帰りのバスの中では目をつむると意識が飛んでしまった。

笹谷くんとおおたさんとは縁ということもあり夕飯を一緒に食べる約束をした。

一旦、宿に帰って疲労感と汗をシャワーで洗い流し、ベッドの上に横になった。

宿のスタッフの話しだと、今日のような天気の良い日は今の時期では珍しいのだそうだ。

夕方6時に宮之浦にある割烹料理屋で待ち合わせをし、夕食を共にした。

三岳と共に新鮮な刺身やお決まりのつまみを頼み、登山お疲れ様会を開催。

一人で疲れを癒すよりもこうやって同じ目的を達成した仲間と食べる夕食は何よりも贅沢だし、一生の思い出になる。

屋久島での過ごし方や旅の話、仕事の話など、お互いの人生を語り合っていた。 屋久島で一番楽しい夕食が出来て嬉しかった。

宮之浦でおおたさんと別れ、自動販売機の明かりの前でポツンとつっ立っていた。

今日は大城さんと弥生ちゃんはレンタカーを借りて、屋久島をドライブをしていた。 これから二人と合流し、あるものを見に行く約束になっているのだ。

ウミガメの産卵を見に行く約束をしたのだ。

5~7月にかけてが産卵の時期らしく、毎日屋久島の浜辺に産卵をしに上陸をするそうだ。

屋久島で産卵地として有名なのは永田にある「いなか浜」で、日本有数のウミガメ産卵地だ。 いなか浜はウミガメ保護のため、夜になると立ち入り禁止になり、ガイド付き70人限定の予約制でウミガメの観察ができる。 俺たちは、満員で予約が出来なく、いなか浜には行くことが出来なかった。

だけどドライブをしていた二人が腕がたって、地元の人に聞き出した秘密の海岸へ行くことになった。

二人と合流し、笹谷くんもいれて4人で海岸を目指した。

国道から外れて外灯もない真っ暗闇を海の方向へ車を進める。 昼間でも日が射さないような暗い森で、心霊スポットに遊びにいくような気分でみんな高揚していた。

車を降りてからは、暗闇の中を弥生ちゃんが持ってきたライト一つで歩き、海岸へと歩いた。 

次第に暗闇に目が慣れてくると、海と岸との境目の判別が出来るようになり、空を見上げるといくつもの星が輝いていた。 

梅雨の時期に星が見れることも奇跡だな。 浜辺まで移動して目をこらして辺りを見たけど、まだウミガメは来ていない様子だった。 

光を照らしたり音を立ててしまうと、ウミガメは警戒して海に帰ってしまうため、慎重に俺らは探した。

「あーまだ来ていないのか」 
「どうしよう もうちょい座って待ってみようか」 

それから30分経ち… 50分経ち…

あきらめてしぶしぶ腰を上げて、引き返して歩いてた時だった。

幽霊でも見たのかと思うぐらい驚きの声を上げてしまって、全員の脈拍が最高潮まで上がった。 

ライトを照らしたその先にウミガメがいた。 

甲羅や頭に砂がかぶっていて、ライトをつけないと周りと同化してしまう。 だから気づかなかったのかな。 

明らかにライトのせいで、ウミガメは警戒したのか海へと方向転換し、ほふく前進を始めていた。

やってしまった。

だけど探せばまだいるんじゃないかともう一度探してみるといるわいるわ。 一生懸命、産卵のため穴を掘っている。 

ウミガメが浜に上がってから卵を産み海に帰るまでは2時間以上もかかる。 すべて体力を使い果たしてしまうほど大変な事なんだ。

産卵を始めるまではじっと海を見つめながら穴を掘る音に聞き耳を立てていた。

浜に座って待っていると、目の前からウミガメが登ってきていた。 すごい、すごすぎる。

俺らが予想していた時間よりも2時間も遅く、産卵のラッシュが始まったのだ。 

現在時刻は11:30 穴を掘り始めてから1時間以上は待っただろうか。 ウミガメの手の動きが止まりもぞもぞし始めた。

ん?これ産んでるんじゃないのか? 

全員が耳元でこそこそ話をして連携を図る。 

そっと近づいておしりから隙間をのぞくと。 ポンポンとリズムよく卵を産み落していた。 

涙を流しながら一生懸命にわが子を産んでいた。

無事に子供が大海原に旅立てるといいな。 

貴重な体験をした俺らは浜辺を後にするため車の方向に進んだ。 今から登ってくるウミガメもいて、深夜まで続くのかもしれない。

3時間浜辺にいて、既に日をまたいでいた。 

帰り道で自動販売機に立ち寄り、小1時間ほど話し込んだ 

今、この時の情景を振り返ると、青春という2文字しか頭に浮かばない。 

これかも自分の旅は続いていく。 だけど今日のような日は訪れるのだろうか。

未来の事なんてわかるわけないんだけど、今日が衝撃的すぎて。 峠を越えてしまったのではないかと、漠然とした不安が心にあった。 

宿に着いたのは深夜の2:00。 大城さんと弥生ちゃんは、明朝のフェリーで屋久島を離れてしまう。 

深夜3:00前、気づいた時には深い眠りに落ちていた。

22時間ぶっ続けで動いていた、今日のような日は訪れるのだろうか。


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