四国地方はどうやら梅雨入りしたようだ。平年より10日早いとのこと。


朝、道の駅で荷物を整理していると、お遍路さんが現れ、立ち話が始まった。

俺もお遍路かぶれ??お遍路もどきのため、話題を振る引出しが増えて朝から談笑に花が咲いた。

あの寺は坂がきついとか、あそこは景色がいいとか。 別れ際に「今回が初のお遍路なんですよ」と正直に話すと、 「じゃあ私からお接待させて頂きます」と錦の納札と千円を頂いた。 本当に驚いた。

この時はまだ「お接待」とは何かわからなくて、お年玉をもらう感覚で受け取ってしまったのだ。

そして、どうやらこの先もお遍路との関わりは続くんだなと確信したんだな。

お接待して頂いた方は、既に160回もお遍路をしている方で、月に1回のペースでお遍路をしているのだ。

推測だけど高知県に別荘を持っているようだ。

朝からの出会いで、晴れやかな気持ちになって曇天の中、自転車を漕ぎだした。 また今日も巡礼をする。 いつのまにか自分もお遍路にはまってしまっているなと、お寺へのルートを地図で確認していた時に感じた。

お寺での出会いで、「お接待」という言葉の意味がやっと理解できた。

門前で身支度をしていると、80歳近いおじいさんからお接待として千円を頂いたのだ。

最初、俺は受け取るのを遠慮して拒んでいたんだけど、 「四国にはお接待というものがあってな、まあここに座りなさい」 といった感じでお接待の制度の仕組や風習などを聞かせて貰うことができた。

短く言うと、お接待とはお遍路さんにお金を上げたり、ご飯をごちそうしたり、家に泊めさせてあげることを指す。

お遍路さんはこの厚意を巡礼するお寺でお経を読むことで納めるのだ。

巡礼できないお接待した人の代わりに巡礼し、功徳をもらう。貸借関係をなくしていく、これがお接待という仕組み。

お遍路さんは巡礼をすることにより何らかのご利益がきっとあるはず。 じゃあそのご利益をお接待した人は分けて貰おうとする考え方。 なんだか先行投資みたいな感じだね。

「信仰心なんてまだ無くてもいいから、ただぼーっとしながら回るんじゃないよ」 と最後に一声かけてくれた。

その見返りなんてさらさら求めてない、大きな愛、ご厚意に触れて、自転車を漕ぎだした瞬間に泣いてしまった。

嬉しすぎて泣いた。 人は支えあって生きてるんだな。それが喜びなんだよ。 もう俺はお遍路の虜になっていた。

お寺を何か所か巡り、桂浜を目指すことにした。

雨足が激しくなってきたので、桂浜にある坂本竜馬記念館に入り、雨宿りがてら坂本竜馬の人物像に触れてみた。 あまり興味がなかったけど、死んでも日本人のカリスマとしてみんなの尊敬を集めている坂本竜馬の歴史の旅に出た。

記念館の立地はとても良く、太平洋が一望できる高台にある。

窓にあたる雨音を聞きながらココアを飲み、物思いにふける。 小雨の間は歩いて行ける桂浜を散策し、あとは記念館の図書コーナーで、記念館を訪れた方の竜馬へのお手紙を直近2年分を熟読していた。

きっとこれからも竜馬はみんなを勇気づけ、支えて、話し相手として、この桂浜の岬から太平洋を眺め続けていくんだろうな。

観光を終えてホテルで洗濯をしていると、おじいさんのお遍路さんも洗濯をしにきた。

お遍路さんと出会えばどこに行っても話はお遍路だ。

お遍路とは欲をなくすことだ」と話はじめから断言していた。

あるべき姿は色即是空。

お遍路の団体さんが拝んでる時に、無病息災だの家内安全だのそんな未来の欲望をお願いしてもダメだ。 毒づいていた。

欲とは人間の持つ莫大なエネルギーだと思う。 別にいいじゃんと思う。

もちろん無欲や無我というのは大事なことであり、少しでもそこに近づきたいと思うからみんなお遍路をしているんだろう。

おじいさんと話し、感じたことは、人を否定しないこと。 とりあえず肯定して受け止める。

それが無欲や無我の始まりなのかなと思う。

無欲を主張し、今まで生きてこれただけでもありがたいと感謝するおじいさん。

日本をどうにかして変えたいと欲望に突き動かされ、時代に翻弄された坂本竜馬。

人生は十人十色ぜよ。 寝るぜよ。


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