遠州灘の沿岸を西へ西へとひた走り、浜名湖までやってきた。


沿岸は地平線の先まで綺麗な砂丘が続いている。砂浜の上に広がる風の紋様が海風の強さを物語っていた。

高い波はサーファーを集め、海の上では縦列駐車したアシカのように均等に場所取りをし、いつ来るかわからない波をそろって見つめていた。

浜名湖は磯の香りがとても強く、湖畔のキャンプ場で寝ていても匂いがした。

天候が悪化し、出発した直後から風と共に横殴りの雨が襲い、泣きたい気持ちを抑えて目的地を目指した。

どうしても豊田までたどり着きたかった。その一心で冷たい雨の中を進んでいく。

名古屋方面へは国道1号線が続いている。 でっかいトラックがわんさか走っていて、道路沿いの景色は単調だ。

時間はかかっても国道から少しそれた旧東海道を走ることにした。

未だに古い家屋が点在する宿場町。土地土地の風習や味がゆっくりと走ることで堪能できる。

こういった景色が土地開発や新しい建築技術によって近代的なものになってしまうのが切なかった。

日本の風景がどんどんと定型化していく。

休憩がてら岡崎城で散策をしていた時だった。 自称、気功が使える2人のおばさんと出会う。 人の出会いは不思議なものだ。

最初は半信半疑で会話をしていたけど、気功を信じる信じないなんてどうでもよくて。 おばさんの人柄に癒され、元気をもらい、希望をどう持つかを教えてもらった。

おばさんは42年間、保母一筋の人生を歩み、先日、定年退職を迎えられたそうだ。

優しく丸みの帯びた言葉づかいと表情は、長い間子供と接してきたことを彷彿とさせた。

気功との出会いは、不治の病にかかった夫を救いたい気持ちからだそうだ。 藁をもすがる思いから信仰し、傾倒していったのだろう。

何かを始めるきっかけは無限にあって、あらゆるものから生まれるのだと思う。

ふとした気づきや行動で人生観はどんどん変化していく。 原生林の木々たちのように色んな方向に伸びては木々どうしが接したり、離れたり。

大事なのは誰かを助けたい、救いたいと思う愛で、救えるんだと一途に信じる心だと。おばさんと話す中で漠然と受け取った気がした。

話す最中、おばさんはずっと手を俺の膝や腰にかざして熱心に癒してくれた。 嬉しかった。 体も心も軽くなった気がして、雨の中をまた漕ぎだした時、自然に笑みがこぼれていた。

人の優しさに触れるって嬉しいんだよ。

豊田に着いたのは午後5時を少し回ったぐらいだった。会社員の帰宅ラッシュとかぶり道路はどこも渋滞を起こしていた。

豊田に来た理由はただ一つ。 河口湖のユースホステルで知り合った若者、ヒロシ君と再会するためだ。

旅の中で知り合った人と再会することは旅の醍醐味だと思う。

ヒロシ君の家庭はとても厳格であり、髪を染めることやピアスをするのは許されなかったそうだ。 親が知らない人を家に招きいれることはきっと勇気が必要だっただろう。

自分の厚かましさを承知してヒロシ君の親切に甘えさせてもらった。

ヒロシ君の父親は教師をされている方で、少し訝しげな表情で迎え入れてくれた。

見聞を広めることはいいことだ」と一言挨拶を頂いたが、自分の後ろめたさからなのか、 「良い歳をして何をやっているんだこの若者は」と言われたような気がした。


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